親鸞会 滋賀

親鸞会 滋賀会員の声

知らなかった 現在の救い

「お念仏の一つでも、称えておくれやす」

 ガン末期の夫に、私が、こう言ったのは47年前のことでした。

「念仏って何や」と聞き返す夫に、「果遂の誓いがあるから、念仏称えたら、阿弥陀さまの極楽浄土へ往生させてもらえる。念仏の意味は、自然と分かってくるはずや。あんたが称えるんでない、仏さんが称えさせてくださるんや」。

 それは私が幼いころ、寺通いに熱心だった母から、繰り返し聞いた話でした。

  ◇   ◇

 敗戦後に結婚した私は、40歳の夫と死別してから、悲しみもいえぬまま、商売と子育てに追われました。寺に足を運ぶ間もなく、あっと言う間に数十年が流れ去りました。

 70歳を過ぎたころ、京都に住む妹から、「岡崎の別院へ、話を聞きに行かないか」と電話が入りました。

 3年ほど通ったでしょうか。家内がどうのとか、敦賀の原子力発電所が怖いとかで、仏教の話はほとんどありませんでした。

 岡崎行きをやめ、どこか参る所はないかと求めていた時、浄土真宗親鸞会のご法話を知ったのです。

 高森顕徹先生のご説法を聞かせていただき、驚きました。黒板に、縦の線と横の線をかかれ、『難思の弘誓は難度海を度する大船』のご文を出して、”阿弥陀仏は、この世から救ってくださる”とおっしゃったんです。

”死なねば助からぬ”と信じ切っていた私にとって、まさに青天の霹靂でした。

 お聖教をひもとけば、親鸞聖人は、「まことだった、まことだった」と、喜んでおられます。

『御文章』を開けば、

「人間は出ずる息は入るを待たぬならいなり。相構えて油断なく仏法を心に入れて、信心決定(しんじんけつじょう)すべきものなり」

「一日も片時も急ぎて信心決定して」

「あわれあわれ、存命の中に皆々信心決定あれかしと……」

”信心決定を急げ”のお言葉が、次々目に飛び込んできました。

 ああ、本当だ、ウソではなかった。この世から大船に乗せていただけるのも、聖人が、「まことだった」と叫んでおられるのも、みんなつながりました。

 高森顕徹先生より親鸞聖人の教えを続けて聞くうちに、”現在、弥陀に救い摂られた人が、死ぬと同時に阿弥陀仏の浄土へ往生できる”と知らされました。「念仏称えれば、だれでも極楽へ往ける」と亡き夫に言いましたが、それは大変な間違いでした。真実の信心を頂くことが肝要であると、ハッキリ知らされたのです。

 親鸞会では、一字一字細かくお話しくださるから、本当によく分かります。例えば、『一念』とは一生懸命になることやと思っていたんですが、アッと言う間もない、時尅の極促(じこくのごくそく)と教えていただきました。

 今では、ご法話参詣が心の明かりです。本当に、ありがとうございました。