親鸞会 滋賀

【特集】蓮如上人のご生涯

迫り来る戦乱の危機 吉崎を脱出、近畿へ

 秀吉、家康の天下統一から、100年以上もさかのぼる乱世のこと。激しい権力争いが展開されていました。

 蓮如上人は、「紛争に加担してはならぬ」と厳戒しておられましたが、意に反し、本願寺門徒は、加賀(石川県)の政権争いに巻き込まれます。吉崎御坊の存亡のみならず、蓮如上人の命にまで危機が迫ったのです。上人は、やむなく吉崎を脱出されました。この時61歳、吉崎でのご教化はわずかに4年間でした。

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 北陸を去られた蓮如上人は、船で若狭へ上陸されました。
 以後、真っすぐに畿内へは入られず、険しい山越えを敢行されました。現在の福井県小浜市から京都府、大阪府の北部、兵庫県東部を、勢力的に歩き、弥陀の本願真実を伝えられたのです。
 山間部の布教を経て、新たな拠点とされたのは、京の都ではなく、河内国出口(大阪府枚方市出口)でした。淀川べりの御坊を拠点に、近畿、東海方面へ布教されることになるのです。

 出口御坊は、参詣者であふれ、瞬く間に限界を超えてしまいました。真宗門徒が一堂に聞法できる大殿堂建立をと、希求する声が急速に高まっていきました。

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